パブロ・セサル・アイマール
Pablo Cesar Aimar
(ヴァレンシア・アルゼンチン代表)
1996〜2001 | リーヴェル・プレート(アルゼンチンリーグ) |
2001〜 | ヴァレンシア(リーガ・エスパニョーラ) |
彼の大ファンの私。
ファンになったきっかけはヴァレンシアでの彼を見たとき。グラウンダーのロングパスがFWの足元にピタッと来た時の衝撃はとても大きなものでした。
彼の魅力はそのグラウンダーのパス。味方から受けたパスをワンタッチ、ツータッチでFWに送ります。ただ送るだけではなく、シュートを打ちやすい位置に、かつDFとGKの微妙な位置に、さらにオフサイドにかからないようなタイミングで。
また、彼がボールの散らし役となりサイドアタックの起点となり、攻撃ブロックの中心となる役割も非常に得意としています。ヴァレンシアやビエルサ監督時代のアルゼンチンは、彼の持ち味と戦術が合致した例です。
さらに、フリーキックの名手であることも忘れてはいけません。
彼の愛称は“パジャーソ”、ピエロという意味。まさに彼のプレースタイルのような、一般人が真似の出来ないプレーをする曲芸師。
ただ彼は怪我がち。よく動き、フリーキックや回転のかかったパスやシュートを繰り出す彼にとって、足の付け根などの関節は最も酷使する箇所なのです。これは止むを得ない怪我なのかもしれません。
そもそも、彼が注目されたのは1997年にマレーシアで行われたワールドユースでした。彼が攻撃の中心となり、リケルメやサムエルといった選手とともに、この大会を制しました。
アルゼンチンリーグでは名門リーヴェルプレートで5回の優勝を経験し、その後2001年初頭にスペイン、リーガ・エスパニョーラのヴァレンシアへと移籍しました。このシーズン(2000−2001シーズン)にUEFA チャンピオンズリーグで準優勝を飾りました。次のシーズン、2001−2002シーズンには国内優勝を果たしました。
2002年日本と韓国で行われたワールドカップ、アルゼンチンはグループリーグ敗退という屈辱を味わいました。彼は全試合に途中出場という形で出場しました。
ヴァレンシアは2002−2003シーズン、またしてもUEFA チャンピオンズリーグは準優勝でした。またこのシーズン、優勝争いにも絡む事が出来ませんでした。その中でも彼は輝きを放っていましたが、FWの得点が伸びませんでした。2003−2004シーズン、ヴァレンシアは再び国内リーグ優勝という栄誉を2シーズンぶりに得、さらにUEFA カップも獲得、見事2冠を掲げました。シーズン後半は怪我に泣かされ出場試合こそ少なかったものの、そのプレーで得点力不足に泣かされた全シーズンを吹っ切るように、素晴らしいプレーを見せてくれました。
今シーズン序盤、上々の立ち上がりを見せるヴァレンシア。しかしそこにはほとんど彼の姿を見る事がありません。怪我が長引き、近頃やっと戻ってきた所です。
世界中の彼のファンやヴァレンシアファン、アルゼンチン国民、そしてフットボールを愛する全ての人が、彼のピエロのような魅惑的なボール捌きが帰ってきてくれるのを待ち望んでいます。
カイ
2004年10月26日
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||